Unit 04-B: 日本における民泊規制緩和に向けた議論

広島修道大学商学部教授 富川 久美子 

1.旅館業法と民泊

  「民泊」は、文字どおり民家に泊まることであり、それ自体は違法ではない。しかし、現在問題視されているのは、旅館業法に抵触する可能性のある「民泊」である。借家契約は30日未満の場合、「旅館業」として都道府県知事などの許可を得る必要があるという旅館業法および借家法の運用がなされている。旅館業法による「旅館業」は、「ホテル営業」、「旅館営業」、「簡易宿所営業」、「下宿営業」の4種別があり、民宿やウィークリーマンションが通常、客室数や最短宿泊期間の規制がない「簡易宿所営業」である。この営業許可を得るためには、客室床面積が 33m3 以上、燃えにくい素材の壁、玄関帳場の設置、火災報知の設備など、安全面などでの厳しい基準を満たす必要がある。そのため一般の民家が営業許可を得るには設備投資だけでも多額を要することになる。一般には、営業許可を取得した宿泊施設が「民宿」、取得していない施設が「民泊」として区別される。しかし、旅館業法および借家法の、時代にそぐわない運用は、見直しが迫られている。

2. 民泊の広がりと規制

  「民泊」が毎日のようにマスコミで取り上げられ、民泊問題が広く認識されるようになったが、この状況はここ半年間程のことである。それまで「民泊」と言えば、地方の民家に滞在しながら農業や漁業などを体験する宿の一つとして捉えられることが多く、「農家民泊」が地域の観光振興の一環として推進されてきた。ところが、昨年春ごろから民泊仲介サイトの広がりや民泊利用者の増加が顕著となり、また 7 月下旬に東京で「民泊」していた中国人の女の子が転落死した痛ましい事故をきっかけに「民泊」に関する問題が急浮上した。昨年の「民泊」の広がりを仲介サイト最大手の Airbnb に見ると、国内の登録物件数は 21,000 件(前年比 374% 増)になり、宿泊者は 100万人(前年比 530% 増)に上る。「民泊」の形態は、貸主の自宅にホームステイするようなタイプやマンションの一室を貸し切るタイプなどがある。観光客にとって、ホームステイ型は人々との交流や文化体験、また「自分だけ」の体験が期待でき、貸切型は、家族やグループなどが連泊しやすい。特に日本では貸切型が多い。この理由として、日本には滞在型や自炊設備のある宿泊施設が少ないために需要があること、また貸す側にとっても空き家の有効利用のみならず、シェアルームやシェアハウスが一般的でないために貸切型であれば抵抗感が薄いことなどが考えられる。貸切型はホームステイ型よりも、騒音やコミュニティーのルール違反などの問題が起きやすく、さらには犯罪の温床になりかねないとの懸念もある。
 一方、欧米では、親戚や知人宅に泊まりながら旅行することは昔から広く行われていたが、2000年代中頃から「民泊」を紹介するサイトが広がり、さらにはネット上で直接予約ができるサイトも現れたことで、法的問題を含むさまざまな問題が浮上した。なかでも 2008年にアメリカで設立された Airbnb の急速な普及を受けて、欧米の多くの都市がこれを想定した新しい条例の制定に着手するようになった。このように、日本とは異なり、「民泊」の問題やその対策は欧米には既に蓄積がある。
 これまでの経緯から、日本の農家民宿と欧米の「民泊」の規制緩和の事例は日本における「民泊」の規制緩和を考える上で参考となる。
 農村における「民泊」推進の取り組みは、1996年以来現在まで国内外から多くの観光客を受け入れている大分県の安心院町が始めとされる。安心院町では、食事付きで「民泊」ができることから、客が増えるにつれ、旅館業法と食品衛生法に抵触する恐れが指摘されるようになった。当時、農林水産省では、都市の人々が農山漁村に滞在しながら余暇活動をするグリーンツーリズムを政策的に推進し、その核となる農林漁業の体験民宿の登録を促進していた。しかし、一般の漁家や農家が民宿としての営業許可を得るにはハードルが高く、法律が新規参入を阻んでいた。結局、安心院町の実績と民宿登録の課題などが考慮され、2002年以降、床面積の基準緩和など、グリーンツーリズムのための規制緩和が進んだ。ちなみに安心院町の民宿は、「農泊」あるいは「民泊」と称され、旅館業法の営業許可を取得しても「民泊」と称するところもある。
 次に、欧米の事例として、ここでは特に「民泊」の貸主に対する規制を挙げる。イタリアのローマでは「民泊」を認めず、宿泊業としての登録を必要としているが、欧米の多くの自治体では許可や届け出によって「民泊」を可能にしている。しかし、ドイツのベルリンでは、許認可制としながらも禁止する地区が多く、法令違反と指摘された物件も多い。アメリカのニューヨークでは集合住宅の30日未満の賃貸を禁止する。その反対に許可を不要とする自治体もあり、その条件として、イギリスのロンドンでは年間 90 日以内、オランダのアムステルダムでは年間 60 日以内で一度に 4 人まで、フランスのパリでは貸主が 8 カ月以上居住する住居とする。また、これらのような規定に加え、観光税や宿泊税、所得税などの納税を課す自治体が多い。
 以上のように、日本では、地域や業態を限定した中で「民泊」の規制緩和をした事例がある。また欧米では、自治体や地区によって、一定の条件を設け、期間や規模を制限することで、住宅地やコミュニティーの侵害、既存の宿泊施設への影響を抑える方策がとられている。これらの事例が現在の「民泊」の規制緩和に向けた議論に生かされている。

3. 規制緩和への議論

 政府は、特定の地域において規制緩和を推進しており、「民泊」に関しては 2015年 10月に旅館業法の特例として、30日未満でも借家契約として住宅の提供を認めた。この特例はホテルや旅館の経営に配慮して原則として訪日客向けに 7 日以上の滞在とし、さらに周辺への迷惑防止などに関しても特段の措置が講じられている。国内に滞在する外国人旅行者の過半数が 6 日以内であるため、その実効性が疑問視されてもいるが、これを受けて、ホテル不足が深刻な東京都大田区と大阪府が「民泊」を認める条例を制定した。この国家戦略特区とは別に、厚生労働省と国土交通省による「民泊サービスのあり方に関する検討会」が 2015年 11月以降開催されており、今年 1月 12日には既に 4 回目の検討会が開催された。これにより検討委員会は「民泊」を旅館業法の「簡易宿所」に位置付け、貸主に都道府県知事などの許可取得を求める方針を固めた。許可を取りやすくするため、床面積などの基準を緩和する。したがって、国家戦略特区も同委員会も基本的には規制緩和による「民泊」の普及を指向しているのではあるが、前者が旅館業法の特例として認めるのに対し、後者は同法の適用内であること基本としているため、その矛盾も指摘されている。これは、国家戦略特区が借家法を前提として「民泊」を捉えているためであり、現在の政府の方針が借家法と旅館業法の二つの法律間での妥協策であると言える。いずれにしても、両者は特定の地域か全国を視野としているか、対象範囲が全く異なる。

4.今後の取り組みに向けて

 「民泊」の規制緩和は、今後さらに深刻化するホテル不足と外国人の受け入れ態勢整備の一環として議論が進められてきた。しかし、全国の客室稼働率は(2015年 10月)、ホテルが 8 割前後、旅館は4割程度、簡易宿所は 3 割にも満たない。旅館・簡易宿所の客室稼働率は東京都でも 6 割前後、大阪府では 5 割前後でしかない。また、全国の宿泊者に外国人が占める割合は 1 割程度でしかなく、東京都の場合、宿泊者の 7 割が観光以外を目的としている。つまり、ホテル不足は主に大都市圏に限られ、特にビジネス客にとっては深刻であるが、小規模な宿泊施設には余裕があり、さらに地方の宿泊施設では宿泊者数の低迷が課題ともなっている。このため大都市で宿泊できない団体客が地方の宿泊施設を利用することで地方創生の契機にもなっている。
 今後、「民泊」の規制緩和に取り組む上で考慮すべき点として 2 点挙げる。一つは、地域独自の条例制定である。「民泊」を取り巻く状況は地域によって異なり、これを促進する国家戦略特区ではホテル不足が深刻であるが、違法な「民泊」の指導を強化する温泉地では多くの旅館を抱えるなかで観光客数の低迷が課題となっている。「民泊」のあり方は国が提示するにしても、各自治体は国の指針を受け身で待つのではなく、「民泊」を活用した地域振興のために独自の条例制定に取り組むことが重要である。もう一つは、国内市場の重視である。訪日観光客のための「民泊」の解禁は、日本の観光振興を促進する上で有効ではあるが、変化しやすいインバウンド市場に依存する観光振興策には危うさも伴う。日本が目指す観光立国は、国際観光と国内観光の双方を促進しなければ実現しない。低迷する国内観光の促進にも、地方創生の一環としても、国民が利用する「民泊」の普及が望まれる。

 


<参考文献>