Unit 02-A: 新しい農業ビジネス

経団連21世紀政策研究所研究主幹 大泉 一貫 

  日本農業の産出額を高めるには結局のところ産出額の大きい一部の農業経営を増加させるしかないと私は考えている。わけても販売額にして5千万円以上の売り上げをあげる「先端的経営」への期待は大きい。彼らは農家数の1%に満たないものの、わが国農業の3分の1を産出している。
  彼らのビジネスは、「6次産業化」「農商工連携」「インテグレーション」「契約栽培(計画生産)」など様々なネーミングでいわれているが、ベースとなっているのはマーケットニーズに基づいた農業生産、川下から川上までのフードチェーンの中にある農業である。
  フードチェーンとは、農産物の生産から加工・流通・消費までの食料供給に携わる諸機能を一連のチェーンとして考えるシステムである。それぞれの機能が個々別々に存在するのではなく、最終消費(あるいは販売)に至るまでの一連の流れのなかで相互に関係したものとして連携しながら機能させることを目的としている。
  フードチェーンを作ると、相互の連携が密になり、川上と川下の双方向の情報流が可能となるので、農業生産の場では、マーケットから要請される作物の品質、形状、価格、流通ルート等が自ら作る前に明確になりそれに対応した計画生産が可能となる。そうした生産は必然的に顧客ニーズに基づいた生産すなわちマーケットイン型の生産になる。
  以下いくつか事例を挙げ、これらのビジネスの波及性・普及性について論じよう。

1.フードチェーン構築による新しい農業の展開

  第1に、農産物を加工して付加価値をつけようとするプロセスでのフードチェーンが「6次産業化」、「農商工連携」、「インテグレーション」と言われるものである。「農政」が積極的にフードバリューチェーンの構築を謳っているのが「6次産業化」である。単なる農産物生産にとどまるのではなく、農産加工やサービス産業化など付加価値の高い事業展開によって農業者の収益力を高めようとするものである。他方、「農商工連携」や「インテグレーション」と呼ばれる仕組みでは、企業がイニシアティブをとりより合理的なフードチェーンを作り上げている。加工・販売企業のニーズに基づいた生産が行われ、付加価値の高い農産加工品が作られている。カルビー、日本ハム、イセファーム、フリーデンなどがある。「6次産業化」と「インテグレーション」は、統合主体が農業者と企業という違いはあるものの、いずれも「垂直的分業」によるフードチェーンとなっているのに対し、「農商工連携」は農業者と企業との連携による「水平分業」のフードチェーンとなっている。

 第2に、加工農産物ではなく、コメや生鮮野菜などを最終商品とする稲作や野菜の生産でも「契約」や「営業・受注」による「計画生産」が増加している。稲作の場合には、外食産業などのニーズをコメ卸などが聞き入れ、生産者につないでコーディネートをするタイプが多い。内田農場(熊本)50ha、田中農場(鳥取)100ha、横田農場(茨城)100ha、染谷農場(千葉)108ha、フクハラファーム(滋賀)160haなど大規模な経営がこうした手法をとり入れている。
  また野菜の場合には、農家自らが直接、小売業や外食産業に営業活動することによって受注し「計画生産」にもちこむパターンが多い。和郷園(千葉)、トップリバー(長野)、ミスズライフ(長野)、野菜クラブ(群馬)などがある。
  さらに外食産業や流通業者が自ら農業参入し生鮮農産物を生産する場合には、社内のニーズや必要量に基づいた「計画生産」が行われる。バロー(岐阜)、セブンファーム(千葉等)、ワタミファーム(北海道等)、イオンアグリ創造(埼玉)などがある。
  いずれも生産を始める前に出荷量、納期、価格等を決めるのでそれを実現するため「計画生産」がなされる。マーケットインの「計画生産」で、意図するとしないにかかわらず関係者の間でフードチェーンが作られている。企業の農業参入の場合には、「垂直的分業」によるフードチェーンが、またそのほかの場合には、「水平分業」によるフードチェーンが作られている。

 ところで、企業の農業参入や「6次産業化」で失敗するケースでは、販路開拓が思うようにいかないことが指摘されている。いずれもプロダクトアウトとなっているからである。プロダクトアウトとは、農業生産者の考え方や都合を優先させて作物や生産量を決める仕組みで、極端に言えば、生産してあとは終わりといったシステムである。農業では販路の構築、マーケットイン、フードチェーンの構築がKFS(主要成功要因)のトップにある。

2. 先端的経営による農業成長効果

  これら全てに共通するのは、マーケットイン、フードチェーンのビジネスと言うことだ。ただ、マーケットインの構築は言われるほどに簡単ではない。もともと農業生産は、自然条件や病害虫などに影響される不確定性の高い産業である。マーケットの要望に基づいて「生産計画」を作っても計画通りに行かないことも多い。そこには様々な修正や工夫が必要となる。「先端的経営」はこうした工夫に前向きに取り組み産出額を増加させている。規模を拡大し生産性をあげ、付加価値の高い生産を実現し、農村での雇用や農業経営者を増やしている。

 第1に、生産性の向上では、例えば、水田農業では、出荷日から逆算し作付圃場や田植え日を決定し作期を広げるなど、契約から全ての生産工程を組み換えることによって、機械の減価償却費の削減や合理的な労働配分を実現し大幅なコストダウンにつなげている。その結果先に挙げたように100haを展望するような経営が可能となっている。価格や生産量が生産以前に決まれば、「あとはそれにあわせて収益を上げる工夫ができる」からである。
  生産性向上の取り組みは水田農業に限らない。「先端的経営」では、一様にデータを把握・駆使し、クリティカルな飼料生産や水田機械利用などの重点的管理を行うなどして競争優位、技術優位を確保している。

 第2に、「農商工連携」や「インテグレーション」「6次産業化」などでは、生産性の向上だけでなく、農産加工品やサービス(体験農園や観光農園など)にまで商品を広げることによって高付加価値農業を実現している。

 第3に、雇用の拡大も「先端的経営」の特徴の1つである。稲作の先端的経営では、50haにもなればパートや臨時雇を抱えるようになる。稲作に限らず、通常1億円クラスの販売額の経営ではパートに頼ることが多く、2億から3億円クラスになってはじめて正規雇用が見られるようだ。賃金は必ずしも高いとは言えないが、従業員1人あたり少なくてもおよそ1千万円強の産出額を上げている。1人1千万円の産出額といえば、わが国の農業経営者の条件を十分にクリアする金額である。
  わが国農政は、老人の農業就業などを確保するため、米価維持などの稲作偏重の政策をとってきた。その結果はどうかといえば、全稲作農家の72%(84万戸/117万戸、2010年)が赤字で、さりとて黒字化の展望もなく、生産性の低下をもたらし農業を魅力のない産業とさせてきた。後継者の就農や新規参入もなく、農業者の平均年齢は年々高くなり、現在の66歳まで高齢化させている。だが、農村で就業の場を作るには米価維持政策を続けるのではなく、先端的経営を質的・量的に増加させ、生産性の高い農業を実現するという政策選択があることをこの事例は示している。

 第4に、農業経営者の増加にも「先端的経営」の貢献が見られる。農業経営者が増加するルートは従業員の独立と農家が経営者に成長するルートの2つある。
 従業員の独立は、農場で力量を備えて「のれんわけ」する手法や、最初から独立させる事を目的とした教育機能を備えて独立させるやり方がある。近年後者の教育システムを備えた「先端的経営者」が増加している。他方、農家から農業経営者への成長は難しいとも言われているが、その難しい農家をフードチェーンを構成する生産・販売システムに組み込んでより生産性の高い水準へと引き上げ、農業経営者にしている事例も増えている。野菜では営農販売組織、畜産では預託制度、さらには農商工連携等々での実績が見られる。農場のM&Aもより生産性の高い農業経営の実現に寄与している。

3. 新たな農業ビジネス構築のための環境作り

 「先端的経営」が作り上げているフードチェーンはしかしながらまだまだ力不足である。その実力は、とりあえず「契約」によって「計画生産」を指向しているといった程度でしかない。市場開拓や商品開発に積極的というほどではないし、ましてや「輸出」を考えるほどのものでもない。生産性を向上すると言っても、経営者の個人的努力に拠るところが大きく、業界全体でのレベルアップには至っていない。6次産業化での付加価値生産と言っても農家が一人で行う「一人フードバリューチェーン」の域を出ず、周辺への波及力は弱い。何よりも先端的経営者の数は全農業者の1%にも満たないなど、農業界(行政、農協、政治のトライアングル構造の世界)では少数派であり、少数派と言うよりも異端児といった方が良いような位置にある。

 農政をはじめ、わが国農業界の本流がプロダクトアウトのシステムにあることが異端の域を出ない理由となっている。もっともどの国も多かれ少なかれプロダクトアウトの農業ではあるが、わが国ではそれが制度によって固定化している。
 例を挙げれば、コメには「食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)」、野菜、食肉、花卉には「卸売市場法」がある。生乳等は「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法」がある。これらの制度はいずれも生産者サイドと消費サイドを分断する。コメの場合には、全農と卸の間の「相対取引」での価格交渉が、卸売市場制度では、卸売市場内部での「セリ」が、はたまた酪農・生乳では、生乳生産者指定団体と乳業メーカーとの間で行われる「乳価交渉」が分断の機能を果たしている。
 しかし、この構造を変えるのはなかなかに困難である。「先端的経営者」が少数で力不足と言うだけではない。わが国の農家保護政策が、価格維持政策を基本としているからである。特にコメと生乳に関わる法律は生産調整を制度化するために設けられており、実効性を得るためには生産を管理できる状態にしておくことが必要とされ、結果として生産を生産の世界に閉じ込めることになる。こうした状況に長くおかれた農業セクターは、自らがあたかも社会環境の変化から独立して存在しうるかの様な錯覚に陥り、他産業との連携や参入を拒否する文化を作りあげ、フードチェーンの構築を困難にさせている。

 実際に農業ビジネスを考えるとすれば、農業が孤立するのではなく、販売や加工など他の事業と連携して展開をすること(フードチェーンの構築)が、世界でもわが国でも大切とされるようになっている。わが国でも農業セクターが産業の中で一人孤立するのではなく、フードチェーンの一環として、資材生産・供給セクターや農産物加工、販売セクターと有機的な関連をもって存在し、国の経済成長を担うセクターの1つにしたいものと私は考えている。先端的経営では既に実行に移しているのに、わが国の主要な農業セクターはそれに後ろ向きだ。
 それらを改革するためには、まずもって農家保護政策を、米価維持政策などの価格政策から直接支払い制度に変え、その上で流通を分断する法律をフードチェーンを促進する制度に変えていくべきだろう。さらに、農業と他産業がもっと深くネットワークを構築できるような環境整備も必要となる。価格支持制度の見直し、流通構造の整備、企業参入の拡大、そのための政策環境の改善が必須となろう。