Unit 06 キックオフペーパー: 日本の水産業と地方創生

公益財団法人東京財団上席研究員 小松 正之 

概要

 戦後70年間、漁業法と水産業協同組合法制度が手付かずであることが原因で、獲ったもの勝ちのオリンピック方式 1)で漁獲が行なわれ、漁業資源と漁業の衰退を招いていることは、地方経済の衰退の大きな要因である。一方、ノルウェー、アイスランドや米国など諸外国は漁業の法制度を新しくして、漁業を活性化した。地方にも国家全体の経済にも貢献する産業に作り上げた。このような例をもととして、資源の回復と外部からの投資と雇用をもたらすことが日本の地方創生に必須である。
 日本でも中長期的な漁業改革の事例が、少数ながら見られる。それらの事例である新潟県の甘えびの個別漁獲割当制(IQ)2)濱田論文が、市町が前向きに取り組む北海道利尻島・礼文島を児矢野論文が紹介する。

1.OECD加盟国中最大の衰退国

 日本の漁業は経済協力開発機構(OECD)諸国のうちでも最も凋落が著しい。(図1)
SPACE NIRA_小松正之先生_図1 
 外国の200カイリ排他的経済水域で操業した遠洋漁業は段階的に締め出され、現在では、太平洋島嶼国で操業する海外巻き網漁業と遠洋マグロはえ縄漁業など少数しか残っていない。
 さらに、天然魚類を漁獲する日本の排他的経済水域(EEZ)内での漁業生産量の減少が著しい。わが国の遠洋漁業を除いた200カイリ内漁業はピークであった1985年の1130万トンの漁業生産が現在(2015年)ではわずか353万トン(図2)で、沿岸漁業も1977年の210万トンから2015年の70万トン(孵化放流で増えた北海道のホタテとサケ・マスを除く)である。
SPACE NIRA_小松正之先生_図2
 自国の200カイリ内の排他的経済水域内で行われる中規模の資本漁業である巻き網漁業や沖合底引き網漁業などの沖合漁業の衰退も、資源の乱獲によって著しい。沿岸の小型漁業と養殖漁業も減少の一途をたどり、最近では沿岸域の埋め立てや大堤防の建設により、藻場と干潟の良好な漁場と育成場を失い、かつ、新規投資もなく漁業と漁場の荒廃がいちじるしい。それは、オリンピック方式が原因だ。

2.世界は資源・漁業の回復を達成

 ところで、日本に輸入される水産物のほとんどは、ノルウェー、アイスランド、カナダと米国アラスカ州のものである。これらの国々は、科学的な資源の評価を実施して、資源を持続的に維持ないし回復の目標を設定し生物学的許容漁獲水準(ABC: Available Biological Catch)を計算し、ABC以下に総漁獲可能量(TAC: Total Allowable Catch)を設定している。更に、これを漁業者の歴史的な漁獲量実績などに基づき、個別の漁業者に配分して、個々の漁業者が漁獲する個別漁獲割当制(IQ: Individual Quota)を採用している。
 日本国外では、個別の漁業者に総漁獲量を割り当てた譲渡可能個別割当(ITQ)制度が定着しており、漁船経営はその安定性が増した。例えば、アイスランド本島南部に位置するウェストマン諸島のウェストマン・シーフード(VSV)社は、漁業者の投資の集約を果たし個人から株式会社にし、経営の安定を達成した。今後は、労働力の削減と、マーケットへの安定供給とマネジメントの高度化を目指し投資と高学歴の人材の確保が目標である。
 ノルウェーでは、1990年から投入実施された個別漁船漁獲割当制度(IVQ)が成果を上げたが、政府は今後20年間安定する制度設計をめざして改革を検討中だ。12月に結論を出す。漁業資源も石油と同様にノルウェー居住者の共有資源であり、同国でも資源利用税の導入と、小規模漁業の漁獲枠の売買の自由を検討している。

3.日本での新しい取り組み──新潟県と利尻島・礼文島の例

 しかしながら日本でも、同様の制度の先駆けとしての新潟県の個別漁獲割当制度(IQ)や、既存の制度の中でも、自治体が改革心を持ち、再生・創成を果たそうとするや北海道の利尻島と礼文島の例もあり、それらを紹介する。このほかにも養殖業の漁業権を民間企業に開放した宮城の水産業特区の例がある。その成功はまだ途上にあり限定的であるが、わが国の改革例の発端であり、これらの例を基にした全国的な取り組みが期待される。新潟県の例については、IQモデル事業を2011年度に導入してからモデル漁業に参加した漁業者(甘えびをカゴで漁獲する)の漁業所得が急速に改善された。(図3)。
SPACE NIRA_小松正之先生_図3作図
 このモデル事業に関しては新潟大学の濱田弘潤先生がIQの導入による漁獲物の価格の上昇に関する経済的な効果に関する分析を紹介し、IQの導入の効果について取りまとめられた。興味深いのは、IQを導入した漁業だけでなく、同じ魚種を取る漁業にもIQの経済的波及効果があるとみられることである。また、北海道の利尻島と礼文島の現在の取り組みについては、北海道大学の児矢野マリ先生が、両島に実際に足を踏み入れて調査を行い、沿岸の重要な根付資源のナマコやウニなどについて資源管理の根拠を明確にするための法的な観点等に関する考察をまとめた。日本漁業の再生のための取り組みのための紹介となろう。


1)オリンピック方式とは、資源管理するため、漁業者や漁船ごとの漁獲割当を行わずに、漁獲期間あるいは総漁獲量を設定する制度をいう。この方式は、漁獲は早い者勝ちの競争となることから
 「オリンピック方式」と呼ばれる。漁業者は、経済価値の低い稚魚まで漁獲するので資源の悪化の要因となる。
  なお、オリンピック方式を採用するにしても総漁獲量は科学的根拠であるABC(生物学的許容漁獲量:Allowable Biological Catch)に基づき社会経済学的要因に配慮して、行政庁が設定し
 なければならない。しかし日本の場合、ABCが厳格に設定されない、またはABCを大幅に超えた水準に総漁獲量が設定される魚種がある。
2)IQ方式(個別割当:Individual Quota)は,設定された総漁獲量の範囲内で,それぞれの漁業者(漁船ごと)に漁獲量を割り当てる制度をいう。この方式では、各人の漁獲量を割当枠内に収
 めねばならないので漁業者は市場の動向をにらんで低価格の稚魚を避け選択的に大型魚を漁獲する。それが収入増と資源の保護につながるなどのメリットがある。

 


<参考文献>